「八月の路上に捨てる」(伊藤 たかみ著)を読みました [趣味]
今日は、技術英語の話題ではありません。
「八月の路上に捨てる」(伊藤 たかみ著)を読みました。
文藝春秋9月号を買うと載っているのでお買い得感があります。
以前も金原ひとみさんの「蛇にピアス」、綿矢りささんの「蹴りたい背中」、絲山秋子さんの「沖で待つ」 をこの方法で読みました。
選者の辛口評を読んでから作品を読んだからかもしれませんが、イマイチ、入り込めませんでした。
離婚するフリーターと、バツイチの同僚社員の話です。
とても重い主題です。だから、主人公がどう感じるのか、なぜ離婚してしまうのか、期待を持って読み始めました。が、全体に現実感がない気がしました。
「離婚ってそんなものか?私がもしこんなI(主人公が離婚を決めた)理由で離婚を宣告されたらたまったもんじゃない。
トラックに載ってた女性社員が事務職で転勤って、大丈夫なのか?パソコンとか大丈夫なのか?雰囲気に合わせられるのか?」
と思ってしまいました。
でも、最後の2ページぐらいだけ、なぜか妙に現実感があって、そこの部分だけ、主人公の想いに共感できました。
それよりも何よりも、読んでいると、途中で主語や因果関係が分からなくなり、少し前に戻ることが、
他の小説より多かったような気がします。少なくとも最近読んだ前述の芥川賞作品ではそれは
なかったことでした。原因は多分、「僕」の目線でほとんどすべての文が書かれているのにも関わらず、いきなりそうではない文章が現れるからではないかと思いました。
それとも私の理解力が衰えたのかな??
自分が小説を書けと言われたら絶対に書けないので、作品をとやかく言う資格はありませんが・・・
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